ある依存症者の終わらせたい日記

人生の大事なことは覚せい剤が全部教えてくれた。HIV×ゲイ×依存症×前科⇒精神保健福祉士のライセンス失効⇒最近復権。君子豹変して絶対に幸せになる。

刑務所で彼氏ができた

刑務所にいた頃、日記を書いていた。二年間、毎日欠かさずに書いた。その日の出来事、読んだ本、覚えておきたい言葉、手紙の下書き…しがみつくように書いた。あの頃、自分の支配下に置くことができたのは書くことだけだったから。もちろん刑務所なんで定期的に検閲がある。チェックされると思うと刑務官の悪口は特に気合を込めて書けた。(悪口は文才を伸ばす)。思うがままに書き記した獄中収監ダイアリー。自分史…そう言っても過言じゃない。文字で埋め尽くされた五冊のノート。そこにひとつだけ書かなかったことがある。いや正しくは書けなかったことかな。書きたかったけど書けなかったこと。それは彼氏のことだ。そう、彼氏についてだけは書くことができなかった。

ボクにはつきあったと呼べる男性が三人いる。その三人目の彼氏については日記に書いていない。なぜならその彼氏は刑務所でできた彼氏だったからだ。バレてしまい自分が懲罰になるだけならいい。だけど相手がそうなってしまうのは忍ない。いや本当は「オヤジらに目をつけられて転棟なんて措置になったら会えなくなるし洒落にならない。リスクは極力避けたい」それが一番の理由だった。そういうわけで、たまに読み返すピンクのノートには彼に関することは何も書かれていない。

 

彼との話をしよう。

彼はボクの後に新入として入ってきた。なぜか来た時点でボク以外の病舎の連中とはすでに馴染んでいた。出戻りだったせいだ。みんなより先に出て行って、みんながいるうちに戻って来たということだ。可愛い顔してあの子わりとやるもんだねと少し尊敬した。

彼もヤク中。運動中の桃色談義(つまりはピンクトーク)では、いつ、どこで、だれと、どんなキメセクをやってたかをルーティンのスパーリングのように語り合う。こんな端正な顔立ちで、あどけない雰囲気なのにエロ方面では結構エグい淫蕩男児。かわいいルックスで淫乱って…無敵じゃないか。オレのエロメガネにかなうヤツ。

「ここにいる間だけでいいからさあ。オレとつき合わない?」告白した。愛は惜しみなくいってみよう。普段、苦手な相手ともそつなくうまく付き合ってしまう反動で好意の対象へのアプローチの場面では気持ちがアンコントローラブルになってしまう。

人生捨てたもんじゃない。オーケーの返事をもらえた。

文字通り薔薇色の彼氏持ち刑務所生活が始まった。まあ付き合うと言っても、お互いに独房同士。たいしたことはできない。運動中、一緒に歩いたり、入浴中にチョメチョメしたり、××××つきのちり紙を見つからないように交換しあったり…その程度のプラトニックな関係だったが実にカラフルな時間でもあった。

ぴりっとした冬の朝の空気もやさしく思えてしまう。気持ちのど真ん中にしっかり陣取る意思、執着、まるで依存。明日に回せることは明日に回すようにしてきたがそうもいかない。起きて気づく「あー今日も好きみたいだ」ってね。つきあうってことは、相手に対する愛情を出し惜しみしなくていい権利を得ることである。つまりはどんどん好きになっていいんだ。

日中の作業が終わり道具出しの瞬間。わずかに目が合う一瞬。背景が消える。独り占めしている。独り占めされている。互いが互いだけのものになる。それでいい。それだけでいい。宝物をみんなに「すごいでしょう」って自慢するよりも、ひっそりひとりで愛でる方がいい。その濃厚な刹那を全部丸ごとやきつけて夜を超える。オレたち贅沢者。

「幸せですか」の冷やかしに「おかげさまで」と返せる至福。イチャイチャしすぎで風紀を乱すと指摘もされた。お互いの衝動を受け止めあっているだけで、それをイチャイチャって言われるのは心外なんだけど、関係ないね。

恋愛はいい。知らない自分に出会える。例えば嫉妬。こいつはどうして割り込んできてオレ達の邪魔をするんだろう。やつの隣はオレの居場所のはずなのに。柄にもない(というかこれまで出会ったことのない)感情があらわれる。鷹揚さを美徳に生きてきたがそれを失った瞬間ボクは以前と違う生き物へと変わる。変態だ。

 

色々あってよかった。色々あったからこそ出会えた。無理くりにでも人生の全てに意味を持たせる。顰蹙なんてクソくらえ。

 

出所日、荷物を持ってゆっくりと廊下を歩くボクに彼は部屋から変顔で挨拶をしてくれた。以来彼とは会っていない。刑務所内では出所のことを卒業って言うんだがあながち間違いないのかも。だってあの時間はボクにとっては紛れもなく青春だったから。

元気かなあ。いつか打ち上げ花火みたいなキメセクをしようと交わした約束は結局叶わなかったけど。元気だったらいいなあ。ボクは今も元気です。

 

 

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隠れて渡したラブレター(レプリカ)