真冬の夜回り
ボクらの夜回りでは夜の都心を二時間ほどかけて歩く。とても疲れる。持ち歩く食材の重さのせいではない。だって配り歩いて荷物は減りながらも肩の重さは変わらない。ちっぽけな自己満足をひとつ配り、大きな罪悪感をひとつ受け取る。
路上で寝ている人へなんと声をかければいいのだろう。伝わる言葉がわからない。共有できる言葉がない。それだけでもうとてつもない障害だ。一緒に歩いていたインターンの学生が問うた。「あの人たちは自分の意思でああしているんですか?」ボクは答えることができなかった。彼らがそこにいる理由…。わからない。わからないからボクたちはこうやって夜回りをしているんだろう。「聞くことが権利擁護だ」。誰かの言葉が闇夜をふっとよぎる。
彼らとは家族や故郷の話では盛り上がらない。それどころか触れてはいけない過去であることの方が多い。癒やそうと触れることで傷つけてしまう怖さ。触れなければいけないのに触れられない。…難しい。
一度の出会いをどれだけ意味のあるものにできるかが専門家としての腕の見せどころなんだと思う。今、懐に入らなければ、次はいつかわからない(次なんて来ないかもしれない)。今、今、今…鮮度がものをいうホームレス支援。
うまくできないボクは受け渡すSOSガイドに自分の携帯番号を書いた名刺とテレフォンカードを挟む。「よかったら連絡ください」そう謝るように願うように。その人の可能性を信じるストレングスモデル。これってもしかしたら支援者ための概念なのかもしれない。
路上の人はみんな違う。なのによく似て見えてしまう妙。いつの間にか風景にも化してしまう怖さ。闇に身を隠す彼らを見逃すまいと目を凝らし歩いているとそのうち街路樹も人の形に見えてくる。
いつもの場所にいなかったおじいさん。暖の取れる場所にいてくれたならいいんだが。今年の冬は寒い。早く過ぎてはくれまいか。
センスのない排除アートからのリア充ハラスメントビルディング。ホームレスの人たちを排除する街なんて、そのうち誰もいなくなるだろう。まったく豊かじゃない国ですね。