収監ダイアリー①
獄友の大ちゃんが訊いてくる。
「CD4いくつなん?」
CD4とは免疫の状態を確認する数値のひとつでHIVの快復の目安となる。健康な人だと1000近くあり、ここ刑務所の病舎にいるHIV患者はだいたい500前後を推移している者が多い。200以下になると医療刑務所行きだ。最近、医療刑務所から移送されてきたボクは「この前の検査だと200くらいだったかな」と答える。
「えーけっこう低いね」そう大ちゃんは言う。
医療刑務所では「CD4が8だった」とか「無菌室に入ってた」とか「もう3回発症した」とか強者どもばかりだったら、快復の兆しを手に入れているボクは希望の星的存在だった。居場所が変われば価値も変わる。中学校では優等生だったのに、実はそうではなかったと打ちのめされた高校時代がフラッシュバックした。
「そんなんじゃ畳から出れないよ」大ちゃんは追い打ちをかける。
HIV患者は独房処遇である。独房は基本ベッド仕様なのだが畳部屋がなぜか3つある。ボクはここにきてからずっとこの畳部屋、文字通り座敷牢収容者だ。
畳部屋から出れない理由がわからず「なんで?」と尋ねるボクに「知らないの?あそこはCD4が低い人か頭がおかしい人が入るって決まってんだよ」と教えてくれる。
頭のおかしい人という言い方はよくないと思ったが、とても伝わりやすくわかりやすい表現なのでここは見逃しておこう。だけど刑務所でのこういう噂には根拠がないことがとても多いので(というかほとんどがデマであるから)、エビデンスを確かめなければと思いボクは「なんでそんなこと知ってるの?」と訊いてみた。
大ちゃんは自信を持って答えた。
「前のときオレずっとあそこだったもん」
うーーん。実体験か。ない話じゃないのかもな。
大ちゃんがずっと座敷牢だったのは本当にCD4のせいだったのだろうか。頭の方のせいなのでは…その問いは、自分にも降りかかるものなので会話はここで打ち切る。
まあいい。だってボクはベッドよりも畳のほうが意外に落ち着いて好きなのだから。
こんなのに慣れちゃってたから貧困ビジネスの無料低額宿泊施設を見ても驚けなくなってしまっている