ある依存症者の終わらせたい日記

人生の大事なことは覚せい剤が全部教えてくれた。HIV×ゲイ×依存症×前科⇒精神保健福祉士のライセンス失効⇒最近復権。君子豹変して絶対に幸せになる。

フィールドアイデンティティ

引っ越しの多い人生を送ってきました。

自分には地に足をつけた生活というものが、見当つかないのです。自分は九州の商人の家に生まれましたので幼少時から進学のために家を出るまで一度も引っ越しをしたことはありませんでした。転勤の多い親の影響でこうなってしまったというような育ちの問題ではないはずです。

普段の落ち着きのなさが生き方にまで反映されているんでしょう。いや元来の落ち着かない生き様が細部の立ち振るにまで醸し出てしまっているのかもしれません。まあどちらでもいいのではありますけれど。

十八で実家を出てから今の部屋がもう十八件目になります。

三万円の激安物件もありました。海辺の島の部屋もありました。3LDKにひとり(と猫一匹)だったこともありました。施設、独房、病室…いろんな場所で過ごしてきました。どの部屋も一長一短、いい思い出も悪い思い出もあります。ずっとひとりだったということが共通点です。

今の部屋は大きな窓がふたつあって、五角形の形をしたなかなか面白い間取りです。身の丈にあったちょうどいい広さです。山手通りに面していて騒音に包まれています。窓を開けると車の爆音に身体が舞い上がりそうになります。東京に住んでいることを実感できます。『サイレン 爆音 現実界 或る浮遊』と叫んだのは誰でしたっけ?

毎朝大きな窓から差し込む太陽の光に目覚めます。お天道さまに顔向けできない暮らしが長かったせいで、太陽がほんとうにあたたかくありがたい。暗闇に慣れるよりもいつまでも光に焦がれる性質(たち)に生んでくれた母親に手合わせる毎日です。

先日テレビを売りました。テレビを手放すと模様替えの選択肢も増えます。部屋の居心地もぐんと良くなります。ここのところツイッターにのせる画像は部屋の写真ばかりなのがその証拠でしょう。みんながテレビを捨ててしまえば世界平和も叶うような気がします。テレビを捨てよ、部屋にいよう。

今の部屋でただひとつ不満があるとしたら、それは…むかいに交番があることです。パトカーのサイレンが頻回なんです。その度に脳裏に逮捕されたあの日の記憶がちらつきます。サイレンと赤いライトは誰かのSOS。あの日自分を乗せたパトカーはいったい誰を救ったんだろう。そんな不毛にふらふら迷い込んでしまうんです。南無三。

ああ、自分の居場所はどこにあるんでしょう。ここじゃダメなんでしょうか。ここでいいんでしょうか。ひとりで生きていると居心地の悪さばかりに敏感になってよくありません。けど本当はわかっているんです。嫌なのはむかいの交番でなく、満足できない自分なんだということを。いつまでもひとりきりな自分をもてあましながらもこの独り身を捨てきれないでいる自分自身なんだということを。

まあそれもいいのかもしれません。時が来るのを待つのみです。梅雨が開ければ夏が来るのは自然の摂理ですし。

 

f:id:ultrakidz:20210617011828j:image

母という字は難しい

 母という字は難しい。どうしても巧く書けない。

 母の日のプレゼントは難しい。いつもうまく選べない。

 母の好きなものってなんだろう。いまだわからない。

 なぜだか女子の友達が多かった小学校時代。いち早くその違和感に気がつき、気に病んだ母は、ボクに男らしさを獲得させようと少年ラグビークラブやらサッカー教室やらに通わせるのに忙しかった。母親の興味はボクの普通社会への適応に一直線だった。ボクも期待に応えようと精一杯だった。だけど…、悲しいかな涙ぐましい母とボクの努力は報われなかった。波乱万丈紆余曲折(これまでのブログ参照)を得て、親不孝を引き換えにボクは見事なゲイアイデンティティを確立してしまった。

 人生においては決定的な諍いというものがいくつかある。あの日保釈中だったボクは母と大きく諍った。しばらく会っていない子供(実の息子)から実家に連絡があったと聞いたボクは「刑務所に入る前に一度会っておきたい」と言った。「あの子はあなたじゃなくて私達祖父母に会いに来たいと言ってきたんだからあなたは会う必要はない」と母親はボクと子供の再会を拒んだ。なんてひどいことを言うんだと憤慨しながら、一方でこの傷つけられた事実をこれからの親子関係でのマウントに使ってやろうと思う自分もいた。救いようのないこじれっぷりである。

 あれ以来、ボクは母親とうまく話せない。LINEのやりとりでさえ喧嘩になってしまうので極力控えている。想えば伝わる…伝わりすぎて傷つけあう。だから、ボクらは母子は言葉のやりとりを手放し、気持ちの交換はどちらかが死んでからだと諦めている。いつの頃からか、つながる手段は物品の送り合いに限るようになった。折り合いは大事だ。毎月一度とりあえず物を送っている。つかず離れずそれがちょうどいい温度となっている。ただ母の日や誕生日なんかだとドライにクールにふるまえない自分があらわれる。母の日は苦手だ。

 母という字は難しい。どうしても巧く書けない。

 母の日のプレゼントは難しい。いつもうまく選べない。

 母の好きなものってなんだろう。いまだわからない。

 

 

f:id:ultrakidz:20210523212058j:image

父の日の贈り物は楽チンです。

 

[アンダーアーマー] スポーツマスUA Sports Mask https://www.amazon.co.jp/dp/B08JZJ5FCC/ref=cm_sw_r_cp_api_glt_i_3YA3G51QJTZBWQ33D32N?psc=1

 

収監ダイアリー③

 釈放が近づくとみな本面に呼び出される。本面とは保護観察所の職員との委員面接のことだ。この面接から4週目の木曜に仮釈予定者は転房となる。釈放間近な受刑者専用舎房に移る栄光の花道が開けるというわけだ。

 Dちゃんがいる。前例に習い本面から四週目の本日木曜に転房してしまうと予想し、もう会えないだろうと昨日名残惜しんでさんざん別れの挨拶をしたDちゃんが今日また運動に出てきている。「なんなんだよ!昨日じゃなかったのかよ」とショックを隠せず大きく歯がゆがる可哀想なDちゃん。こういうイレギュラーは普通にけっこう多い。こういうイレギュラーがボクらを必要以上に強くさせる。やさぐれた顔つきが板につきはじめたDちゃん。きっといい男になるんじゃないかなあ。

 「位置について、よーーーーい…」までは聞こえている。クラウチングスタートのポーズで身体中の筋肉をぷるぷる震わせながらピストルの音を今か今かと待ち続ける辛さ。ここからの一週間は長いだろうこと想像に易い。有期刑者みなが通る道であろうが切実で圧倒的で前例のない時間だ。

 「高ければ高い壁の方が登ったとき気持ちいいもんな♪」とさり気なく口ずさんであげたらひどく睨まれた。一日も早く出たい者に対して『終わりなき旅』はそぐわなかったらしい。

 Dちゃんの不安定がうつったように空がゴロゴロと唸りだした。そろそろ梅雨がやってくる。雨の季節だ。

 

f:id:ultrakidz:20210520222927j:image

いただきもののポストカード。なつかしい。

テトリスがきまるように

スマホが震える。見知らぬ番号から着信だ。好奇心が強いのでためらわずスライドで応答する。見覚えのない若い男の声が「新宿署、生活安全課の佐藤です。淘汰さんですか」と話す。今ボクはクスリをやっていないし警察から連絡を受けるいわれはない。うしろめたい気持ちもまったくないんだがうまく返事ができなかった。

留置中の色のない時間。手錠の冷たさ。不快な腰縄。地検の硬い椅子。気持ちごと潰されてしまう重いドアの閉まる音。ぶわああっと嫌な感覚がおそって来た。

あの頃、ボクは収監生活をとにかく楽しんでやろうと強い意志を持って過ごしていた。負の感情に支配されてへこたれそうになる自分があらわれるとイメージの世界でそいつを一発ぶん殴って気絶させることでつらさを乗り越えたていた。それでうまくやり過ごせた。だがヤツはしぶとい。釈放されてもう三年が経とうとしているがこんな風に不意打ちでカウンターを食らわせてくる。

そんなこちらのトラウマなんてお構いなしで事情説明をしてくる生活安全課の男。その事情については省くがざっくりいうと知り合いが捕まったらしい。携帯電話を持たない彼の交友関係の手がかりは財布に入っていたボクの名刺だけだった。面会に来て欲しいと言われたボクは「すぐに行きます」と答えた。

 

新宿留置には二〇一七の七月の終わりから八月のはじめまでの三週間いた。どうせ刑務所行きだと自暴自棄になっていたボクはシラフに耐えられず毎日覚醒剤を使ってハッテン場に入り浸っていた。歌舞伎町をふらふら歩いているところを馴染みの警察官に捕まった。きっとマークされていたんだろう。保釈中の逮捕だった。けっこうな絶望だ。

職質の直前にもっていたパケをビニールごと飲みこんだせいで取り調べも領地調べもぐりぐりの幻覚妄想状態でけっこうぐちゃぐちゃだった。同じ留置部屋の全身入れ墨ヤクザさんのことを内偵警察だと思いこんで「いやーこの彫り物、偽物なのによくできてますね」ってからんでいた。留置所はエレベーターでは三階とあるがこれは仕掛けで実際は四階にあるという妄想は今もなくなっていない。心の底から警察を憎んでいた。

 

数年ぶりの新宿署はあまり変わっていなかった。受付に立つ竹刀を持ったいかつい男に要件を告げる。ザ!歌舞伎町って感じの女の子たちに混じってエレベーターホールの椅子に座っているとしばらくして名前を呼ばれた。案内され「入ってください」と言われた部屋はなつかしいアクリル板の景色。椅子に座って彼を待つ。こちらからははじめてなのにデジャブを覚える。ぶあつい体の警察官に連れられ「すみません」と恐縮しながら入ってきた彼にあの日の自分が映る。あのときの自分はどんな気持ちだったのか。なんて言ってほしかったのか。思い出せないまま「大丈夫?元気だった?」目を合わせ笑う。二〇分の面会は自分と話しているようだった。

うらみ、つらみ、ねたみ、そねみ…そういったたぐいの記憶も全部まるごと覚えておこうと決めて生きてきた。これからの人生の糧にしてやろうと大事に抱えていた。そんな積年の覚悟がたった二〇分の面会であたたかい温度と色のある場所として上書きされてしまった。テトリスが決まってすべて平たくになったみたいなあっけなさだった。……こんなはずじゃなかった。でもこんなものなのかもしれない。自分は自分に都合よくできている。ボクの出来上がりはたぶんやさしい。絶望に支えられたやさしさってのもありなのかもしれない。

やさくなったボクはここに呼び出してくれたアクリル板の向こうの彼に今とても感謝している。できる限りのことをしたいと思っている。おとしまえをつけるってきっとこういうことを言うんだな。全ての出来事にグッドラック!グラウンドゼロはここからはじまる。

 

 

f:id:ultrakidz:20210504180545j:image

格子の向こうの光を歌った『太陽の破片』
カラオケ行きたいなあ

直観でもって法則を超えろ

若者は言った。
「できるだけ長く生活保護をもらって生きていきたいんです」と。
ボクは「何言ってんの?ダメだよそれは」と即座に否定した。
受容、自己決定、非審判的態度完全無視。PSWとしてはナンセンスなアプローチといえる。
「まあそれもいんじゃない…ここではなんでも話していいんだからね」と答えるくらいがきっとソーシャルワークとしては及第点だろう。
わかっている。あえてだった。統制された情緒的関与ってやつだ。
会話のやりとりじゃなく彼の人生に何か伝えたかったんだ。
彼にはその何かを受け止める準備ができていたんだとボクは直観したから。
病院に勤めていたら、たぶん出来なかっただろう。
人生軸で関われる立場だから言える言葉というものがある。その言葉を探すのがけっこう楽しい今日この頃なのである。



f:id:ultrakidz:20210504125347j:plain

後天性ADHD

 オンラインミーティングでモニターに映る参加者たち。与えられたスペースは皆に平等。その枠にボクはおさまれない。しゃべってもいないのに飛び出してしまう。比喩ではない。ほんとそのまま枠から消えてしまうことしばしば。落ち着かなさの見える化。つらい…。 

 タスクをさらさら処理する皆が宇宙人に見える。「宇宙人みたいですね」というと「宇宙人は淘汰さんの方でしょう」と言われる始末。

 昔からこうだったのか?違う。ボクはいつもどこでもおちつきはらったいい子で育った。じゃあこの多動の剥き出しはどうしてなんだ?

 ……セクシャリティを晒すようになったからな気がする。潜在的多動気質をセクシャリティもろとも封印していたのかもしれない(仮説)。

 後天的注意欠陥多動障害。そんな疾患名はきいたことがないが命名してみた。病名がつくと安心することもある。とはいうものの、さてこれからどうしたものか。

 

 

f:id:ultrakidz:20210411231011j:image

ホームフル映画『ノマドランド』

 『ノマドランド』という映画を観た。

 亡き夫との記憶を宿したバンに乗り、日々を過ごす女性の一年を追った映画だった。大きな事件は何も起こらない。悪い人も出てこない(というか彼女の周りには親切な人ばかりだ)。ホームレス支援の仕事をはじめる一年前だったら「退屈な映画だったなあ」そんな感想になったかもしれない。

 気ままな一人旅というわけではない。人が生きていくにはお金がかかる。稼がなければいけいない。Amazonピッキング、キャンプ場の清掃、レストランの厨房…車中生活を続けるため彼女は日銭を求め働く。

 何も起こらないけどとてもスリリングだった。ぎりぎりのところで生きている彼女の生活は病気ひとつ、パンクひとつで途切れてしまうそんな崖っぷちジャーニーなんだから。鑑賞中「このままでいい。いいことも悪いことも何も起こらないで欲しい」ボクはずっと願っていた。

 周りの人たちの愛情(具体的サポートの提案)を振り切り、夫の想い出とともに閉ざされたまま生き続ける姿はとても意固地に見えて共感できない。だけど理解はできる。それは彼女の生き様だから。生き方は変えれるけれど、生き様はもう受け止めるしかない。

 かつての教え子に「先生はホームレスになったの?」と聞かれた主人公は「わたしはハウスレスなんだ」と訂正した。そうだよね。誰もがどこかにホームを持っているはずなんだよね。この映画は、ホームレスでもハウスレスでもなく、ホームフルに生きるひとりの人間を描いた映画だと思う。

 

f:id:ultrakidz:20210404223214j:image

 親切に用意されたやわらかいベッドよりも窮屈な車に居心地の良さを感じる彼女の態度はホームレス支援あるあるの場面ですね。

記憶をなくしてこそ酒

 さすがに飲む量は減ってきたが、それでもビール、焼酎、酒、ワイン、リキュールに眞露紹興酒、なんでもござれだ。二日酔いなんて他人事。どれだけ飲んでも酒に飲まれることなんてなかった。ボクは笑い上戸で話し好き、いい酒の人間だ。アルコールに対して自信があったから酒の席も好きだった。「記憶をなくしてこそ酒」よくそう言っていた。

 そんなボクが一度だけ記憶をなくしたことがある。はじめて新宿2丁目に飲みに出てきた20代前半のころの話だ。この街こそ居場所なんだと20年分の勇気を振り絞り、知らないバーのドアノブをぎゅっと握りしめた感触を今もよく覚えている。入った店にはカウンターの中にマスターが一人きり。お客はいなかった。ビギナーにはおあつらえのシチュエーションだったのかも。挨拶、世間話からビールを二杯くらい飲んだあたりでボクの記憶は途切れた。どのくらいの時間がたっていたのかはわからなかったが、白い靄が晴れていくように目が覚めた。こんな風に起きた経験ははじめてだった。後ろのソファー席に寝かされたボクのズボンはぬがされいて、性器はむき出しだった。マスターはすました様子で洗い物をしていた。ずぎずきする頭で身支度を整え、荷物を持って何も言わずにボクは店を出た。

 何が起こったのかわからなかった。いやわかっていた。何かクスリを盛られて犯られたんだろう。いくら緊張していたとはいえビール二杯で記憶がとぶはずがない。

 恨んでもいないし、自分を責めたりもしていない。二丁目はそういうとこだと決めつけもしないし、性に奔放になったのはあのせいだなんてくだらない分析もしない。思い出すことすらほとんどない。今の自分とあの夜の出来事はつながらない。すっぽりとそこだけ別物だ。変わっていない。何も変わっていないし、変わらない。あれ以来「記憶をなくしてこそ酒」と言わなくなったこと以外ボクは何も変わっていない。

 変わらないボクをよそに、数週間後その店の看板は別の名前になっていた。

 

 

f:id:ultrakidz:20210331003634j:image

酒(特にお気に入りのビターズ)も二丁目もゲイバーも、そして自分自身も嫌いにはなれません

淘汰の穴

あえて視野狭窄になる
その方が生きやすいからだ
必要のない機能はだんだんと淘汰されていく
そのうちそれがあたりまえになる
ある部分が研ぎ澄まされていく
それは生き延びるため
環境への積極的適応、つまりは最適化
 
淘汰の穴を埋めるように新しい感覚が身にそなわる
人はそれを進化と呼ぶ
これらは目的的になされない
変化に反応しただけだ
ただこうなってしまった
それだけのことである
 
 


【ニュース】在宅でもできる恋愛相談はじめました

 

 

f:id:ultrakidz:20210321191826j:imageこの世の中は強い人が弱い人を助けるためにあるの!

ボクの人生はなくし物でできている

ここ何日か社用の携帯電話が見当たらない。

なくしたわけじゃない。

なくしたわけじゃない。

なくしたわけじゃない。

見当たらないだけで、なくしたわけじゃないんだ。

見つかれば、なくしものはなくしものではなくなる。

そう自分に言い聞かせる。

わかってる。バックに入れたはずなのにないなあと思ったとき、ちゃんと向き合えばよかったったんだ。けれども「自分の『はずなのに』は当てにならない。きっと家にあるはずだ」と先延ばす。家に帰っても見つからない。代わりに「そうだ、会社に置いてきてしまったんだ」と新たな可能性を見つける(ボクは可能性を見つける達人なんだ)。もちろん次の日、会社にはない。

落ち着きのないボクは寄り道が多い。心当たりがどんどんふえてしまう。結局、取り返しのきかない事態になるというわけだ。

あーこれまでの人生、何度同じことを繰り返したんだろう。

はーこれからの人生、何度同じことを繰り返すんだろう。

後悔と反省はいつもあとからやってくる。いちいちに傷つくのにもつかれた。なるようにしかならない。時間に委ねようと決めた矢先、見知らぬ携帯番号からの着信が入る。

コングラッチュレーション。

「見つかる」「発見される」「届けられる」「戻ってくる」…胸がぽかぽかする言葉たち。ハッピーエンディングの知らせだった。

ボクの人生はなくしもの…いや感謝でできている。

おかえり!ありがとう!!!

 

 

f:id:ultrakidz:20210313135613j:image

逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!

 

6月7日 キーケース→池袋の交番に届けられる

8月1日 スマホ→大久保の路上に落ちていたと戸塚警察署より連絡がある

12月9日 パスモ→駅前の駐輪場にて落ちていたと駐輪管理事務所から電話が入る

1月初旬 社用携帯その1→まだ見つかっていない

12月30日 自転車の鍵 自転車置場に落ちている

2月25日 財布→道端に落ちていたと戸塚警察署に届けられる

3月5日 パスモ→練馬車庫にて発見される

3月12日 社用携帯その2→TOHOシネマズ池袋にて見つかる

 

収監ダイアリー②

空が高い。「ここ最近でいちばん暖かい」が日々更新されていく。気づけば三月だ。「一月には仮釈もらって出てやる」そう豪語していた大ちゃんがまだここにいる。

「一月に出るんじゃなかったっけ?」とボクはきいた。

「全然ムリみたい。六月くらいになりそうだって副担に言われた」他人事のように大ちゃんは答える。

副担と大ちゃんは仲がいい。というか大ちゃんは副担のことを好いている。副担もまんざらではなさそうだ。あんなマイホームパパみたいなキラキラしたやつのどこがいいのかさっぱりわからないんだが人の好みはそれぞれなんで口は出さない。性的ベクトルにかかわらず、みんな大なり小なり話しやすい刑務官がいるらしい。ボクは…強いて言うなら正担かな。そう!権力に弱い質なのである。

大ちゃんとボクはよく似ている。年齢も近いし、ゲイだし、看護師ってことで病院で働いていたところも一緒だし、覚醒剤が大好きなところも大事なポイントだ。大ちゃんは、ボクより刑期がちょうど一ヶ月はやい。ボクは懲罰をくらっているので模範囚の大ちゃんより先に出ることはまずない。大ちゃんが出ないうちはボクの順番は回ってこない。目に見える指標が大ちゃんの出所だからそんなにあせらない。

「淘汰はさー、どうして焦んないの?早く出たくないの?」

「最近はあんまり思わん」

「ここに来たときからそんな感じだったよね。ここを楽しみつくそうというか。そういうとこあるよね」

「ちがうよ。ここをじゃなくて今をだよ

「ことごとくネガティブをカットしてるよね。すごいよ」

大ちゃんは笑う。ボクも笑う。笑ってから最近笑っていなかったことに気づく。

ただなんとなく過ぎていく時間をやさしく愛でることのできないボクは、楽しむことに対しても意志的自覚的になってしまう。余暇の少ない刑務所だからよけいにその姿勢が際立ってしまうのかもしれない。

楽観?鈍感?たぶん違う。きっと不安なんだ。不安に耐えられないから光を探そうとしてしまう。その姿を前向きだと人は言う…だけどはたしてそうなのか。まあいい。一月が往ったて、二月が逃げたって、三月が去ったって知ったこっちゃない。今日笑えばいい。一日一笑。そうさ!今日だって(こんな場所だって)立派な笑顔を誰かとシェアできたんだから。それだけで十分だろう?

 

f:id:ultrakidz:20210306195735j:image

笑いすぎの人生

表情筋を酷使した結果…

収監ダイアリー①

獄友の大ちゃんが訊いてくる。

「CD4いくつなん?」

CD4とは免疫の状態を確認する数値のひとつでHIVの快復の目安となる。健康な人だと1000近くあり、ここ刑務所の病舎にいるHIV患者はだいたい500前後を推移している者が多い。200以下になると医療刑務所行きだ。最近、医療刑務所から移送されてきたボクは「この前の検査だと200くらいだったかな」と答える。

「えーけっこう低いね」そう大ちゃんは言う。

医療刑務所では「CD4が8だった」とか「無菌室に入ってた」とか「もう3回発症した」とか強者どもばかりだったら、快復の兆しを手に入れているボクは希望の星的存在だった。居場所が変われば価値も変わる。中学校では優等生だったのに、実はそうではなかったと打ちのめされた高校時代がフラッシュバックした。

「そんなんじゃ畳から出れないよ」大ちゃんは追い打ちをかける。

HIV患者は独房処遇である。独房は基本ベッド仕様なのだが畳部屋がなぜか3つある。ボクはここにきてからずっとこの畳部屋、文字通り座敷牢収容者だ。

畳部屋から出れない理由がわからず「なんで?」と尋ねるボクに「知らないの?あそこはCD4が低い人か頭がおかしい人が入るって決まってんだよ」と教えてくれる。

頭のおかしい人という言い方はよくないと思ったが、とても伝わりやすくわかりやすい表現なのでここは見逃しておこう。だけど刑務所でのこういう噂には根拠がないことがとても多いので(というかほとんどがデマであるから)、エビデンスを確かめなければと思いボクは「なんでそんなこと知ってるの?」と訊いてみた。

大ちゃんは自信を持って答えた。

「前のときオレずっとあそこだったもん」
うーーん。実体験か。ない話じゃないのかもな。

大ちゃんがずっと座敷牢だったのは本当にCD4のせいだったのだろうか。頭の方のせいなのでは…その問いは、自分にも降りかかるものなので会話はここで打ち切る。

まあいい。だってボクはベッドよりも畳のほうが意外に落ち着いて好きなのだから。

 

 

f:id:ultrakidz:20210228123053j:image

こんなのに慣れちゃってたから貧困ビジネスの無料低額宿泊施設を見ても驚けなくなってしまっている

活動家未満のソーシャルアクション

ソーシャルワークにはソーシャルアクションとよばれる技法がある。ざっくり言うと、地域社会の理不尽に対してそれってちょっとおかしいだろうって物申し、変えていこうとする取り組みのことである。(ざっくりすぎてすみません)。

ただしソーシャルワーカーのやるソーシャルアクションってのは正直いって手ぬるい。今ある地域にいかに順応できるかという関わりでいつも精一杯。退院先の患者さんを受け入れてくれる気のいい大家さんと仲良くなる程度。役所の窓口でサービスの手続きがスムーズにいかなかったときだって、じゃ別の区にいってやってみようなんて風に波風起こしたくない思考に支配されてしまっている(クライエントの不利益回避っていう大義名分をしっかり用意してるところがまたずるい)。満員電車にすみませんって恐縮しながら割り込ませてもらうような地味な印象しかない。決してそれを否定してるわけではないが、「ノーモア満員電車!」「通勤ラッシュなんてなくしてしまえ!」と仕組みごと変えてしまおうという活動家的熱量に比べれば…薄いと言わざるを得ない。世の中のせいにせず自己責任で人生をやりくりするのに慣れてしまうと社会を変えようという気概が欠落してしまうのかもしれない。自助第一主義の弊害なんだと思う。

「折り合い」という言葉を少し脇にいてみる。せっかく上司が活動家なんて環境なんだし、まずはそこからはじめてみようか。

 

 

f:id:ultrakidz:20210211203037j:image

どうしてだか惹かれてしまう

このアンチ福祉スピリッツ宣言

押したら最後、友達がいなくなるスイッチ

中学生の頃、塾に馴染めないボクに過保護な両親は家庭教師をつけた。

近所の大学に張り出された募集の張り紙には「癖のある子供です」と但書があったそうだ。(あとになってその家庭教師の先生が教えてくれた)。

親も子育てに苦労したんだと思う。

我慢ができない子供だった。

特に火災報知器には目がなかった。

小学生の頃から、火災報知器を見ると押さずにはいられなかった。

休み時間、友達同士で「お前押してみろよ」なんてふうに小突き合いながらそそのかし合っているのをよそにためらわず押すタイプ(そういうタイプがいるのかわからないが)だった。

ドンびく少年たち。こいつマジかよという目で見られる。

一回押すたびにひとり友達が減っていく。

大きな音は苦手だし、一人は寂しいし、叱られたいわけでもないのにどうしてか惹きつけられてしまう。わかっていても抑えられない衝動の存在をボクは子供ながらに知ってしまった。

手当り次第押しまくったおかげで飽きてしまったのかもしれないが、今は報知器をみてもときめかない。

努力しなくても人はおとなになれるんだ。

 

f:id:ultrakidz:20210207135827j:image

オオカミ少年の話はキライです

ボクが精神科に通う理由

今日は月に一度の精神科受診だった。ボクがこのクリニックに通いはじめてもうどのくらいになるんだろう。

出所時、就職先の受け入れの条件として精神科への通院が義務づけられた。出所したのが2018年の夏だったから、かれこれもう三年になる。


通院に抵抗感はなかった。精神科の勤務経験もあったし、逆にだからこそ患者の立場でどんなふうに自分が立ち振る舞うか、どんなことを自分が感じるか興味があった。


病名は「覚醒剤依存症」。とはいっても依存症を専門に扱ってる病院ではなく、リハビリもグループワークもない。通院での主治医との面接(精神療法)だけだ。薬だって風邪薬しか処方されたことはない。そういえば今日の診察、覚醒剤の話したっけなあ。いったい何のために通っているのか自分でもよくわからない。

世間的に精神科通院というのはあまり聞こえがいいものではない。偏見は確実にある。その偏見を背負うリスク以上のメリットがなきゃ精神科なんて受診する気になんないはずなのに、自分でもそのメリットが何なのかよくわかっていない。

まあ、もともと治してもらおうと思って診察室のドアを開けたことなんて一度だってないし。(病気という自覚がないというのとは違うので誤解なきよう)。気づかないうちに病気になってたんだから、気づかないうちに治ってることもあるんだろう。


再発(再使用)予防のためなんだろうか?

違うな。ボクの場合、使いたくなってもきっと言わないと思う。渇望に懊悩しながら背徳に蝕まれて使うからこその覚醒剤だと思っているから。

だから、鋭く渇望を察知するような医者だったらすぐに通院をやめてたような気がする。うまく騙されてくれる(もしかしたら気づいてるのかもしれないが気づかないふりをしてくれる)先生だから通ってるんだと思う。いい主治医だと思う。いい主治医とは自分に合う医者だという意味にほかならない。自分にあう精神科とめぐりあうなんて奇跡だとだれかがいっていたが、患者の側も主治医との関係を大切にする努力が必要だと思う。


今のところ大すべりして大事故なんてことはなく(違う!去年一度あったや)、とりあえずサバイブできてるってことは何かしら効果はあるってことんなだろう。

そのうち海外のセレブみたく精神科受診だってある種のステイタスになる時代が……来ないだろうなあ。まあいいや。

「もういんじゃないですか」って言われるまでは通い続けようと思っている。精神科通院なんてそのくらいカジュアルでいいんだと思う。

 

f:id:ultrakidz:20210131195343j:image

待合室にビッグイシュー!!!