ある依存症者の終わらせたい日記

人生の大事なことは覚せい剤が全部教えてくれた。HIV×ゲイ×依存症×前科⇒精神保健福祉士のライセンス失効⇒最近復権。君子豹変して絶対に幸せになる。

けやきの散歩道

「けやきの散歩道」というラジオ番組がある。知る人ぞ知る幻のプリズンステーション。府中刑務所の矯正指導日に長谷川理沙アナウンサーと調布エフエムのディレクターによって放送される月に一回一時間のラジオ番組のことだ。きっと番組タイトルは府中の木「けやき」に由来してるんだと思う。(刑務所にいた頃の二階の部屋からの眺めはけやきの巨木に支配されていた。欅の獣道とも呼ばれていた。)

番組ではひと月ごとにお題が与えられ、例えば「春に聴きたい曲」「夏の遊び」「なくなって欲しくなかったもの」、あとは「ドラえもんの道具でほしいもの」なんてのもあったなあ、そのお題へのメッセージとともにリクエスト曲が募られる。刑務所全体が五つの区域に分けられひと月ごと準繰りでまわってくるというシステムだから、チャンスは五か月に一回きり。僕がいた病舎は第五区。こちらに移送されてきて五ヶ月目にそのときは巡ってきた。テーマは「夢で会いたい人」。「会いたい人」ではなくて「夢で」ってわざわざつけたのは無期懲役の人に配慮したんだろう。死に物狂いの推敲を重ねリクエストカードにメッセージを書く。涙のリクエスト。最初のリクエスト。それはこんな感じだった。

 

いつも楽しい放送ありがとうございます。「夢で会いたい人」というテーマでぱっと頭に浮かんだのは十代最後の夏、福岡から北海道をめぐったヒッチハイクの旅で出会った人達です。「規則違反になるから本当はダメなんだけどね」といいながら大阪から新潟まで乗せてくれたトラックの運転手さん。日雇いの仕事を紹介してくれた社長さん。面白がって観光のゆきずりにしてくれたOLさん。見ず知らずにもかかわらずも自宅に泊めてもてなしてくれた紋別のご一家。あの一か月の旅で出会った人たちみんなにもう一度ありがとうを伝えたいです。その旅でよく口ずさんでた曲をリクエストします。(実話)

 

採用されたかったって?もちろん!「ゆきずり」と「紋別」はカットされたけど。読まれた瞬間、独房でよっしゃってガッツポーズ。ニヤニヤしながら聞いていた。

収監中三回のリクエストチャンスで二回採用。収容人数3000人を超える府中刑務所で、その5分の1が600人、全員がリクエストするわけではないだろけれど大体一回の放送で10曲程度選ばれることを鑑みても、けっこうな高頻度ではないかと思う。獄中のはがき職人。期待は捨てよと学ぶ刑務所生活で想えば願いは叶うって貴重な体験。

ステレオから流れてくる曲をあんなにしがみつくよう聞いたのってはじめてだった。なんの曲をリクエストしたかって?それは心をギュッとつなぐ歌。悲しみを残らず捧げ合う歌。こぼれる涙がほほをつたう歌。君と僕が笑う歌。オザケンの「強い気持ち・強い愛」。相変わらずの疾走感。エンディングに向けてぐんぐん風が走る。気持ちだけは塀を越えていく。しみたぜ。理沙さん、ディレクターの岩松さん、フルでかけてくれてありがとう。けっこうこの番組に救われてる人多いと思いますよ。もう聞くことはないだろうけど、もう一度ありがとう。(いち卒業生より)

 

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