ある依存症者の終わらせたい日記

人生の大事なことは覚せい剤が全部教えてくれた。HIV×ゲイ×依存症×前科⇒精神保健福祉士のライセンス失効⇒最近復権。君子豹変して絶対に幸せになる。

節子

出所の日、刑務所には誰も迎えに来なかった。その日出所するのは十人以上いたが迎えがないのは自分だけだった。仮釈放の場合、出たその足で保護観察所に出頭すべしというルールがある。仮釈で迎えのない者はそのままどこかに行ってしまわないように北府中駅のホームまで刑務官がついてくる。電車の車両に出所者が入るのを見とどけるまでついてくる。しかもずっと無言で。ホントやな感じ。刑務所の塀を出た瞬間、「ショーシャンクの空に」のティムロビンスみたいに両手を広げて「ウォーーーー」ってしたかったのに。付き添いのこの無口な刑務官のせいでそんな空気感ゼロだった。電車に乗った後は自由なんだからこれって意味無いと思う。

 

父親と受け入れ先の更生保護施設で落ちあい、もろもろの手続きをしたあと夕飯を食べに上野のアメ横に出向いた。刑務所ではずっと麦飯だったから体から麦っぽい匂いがしてるんじゃないかそればかり気になっていた。(そんなことはなかったっぽい)。父親は寿司屋に行くつもりだったようだが、しばらく生ものを食べていないからすぐに刺身なんかはやめた方がいいと中にいたときの先輩方から助言をうけていたので、焼肉屋へ予定変更。刑務所の中でのこういうアングラ系のネタを披露をするのを両親は嫌がるんだが、ついつい出てしまう。申し訳ない。

手紙のやりとりでは伝えきれない細々とした近況を教えてもらいながら、「じいちゃん死んだぞ」と報告をうける。「なんで教えてくれなかったんだ」とは言えなかった。教えてもらったところで何ができるんだって話だし。やっぱり入る前に一度でも会っておけばよかった…。どんなに前向きに考えようとしても、どうしても無理なことがあることをじいちゃんの死から学んだ。

近況報告は続く。「Yahooでお前の名前を検索したら「覚せい剤逮捕」って出てきたぞ」って。インターネットの恐ろしさを想像できないわけでもないだろうに、あまりにさらっと言うもんだかから、「あっじゃ削除しとって」ってさらっと流しそうになった。じいちゃんの死への感傷もふっとんだ。もうそっちばかり気になってしまうあさましさ。自分の生活の前には家族の死もかみしめることができない。自分らしいといえば自分らしいんだが、変わらないなあ。そんな話を聞きながらもタン、カルビ、ロース、丸腸、丸腸、レバ、カルビ、カルビ、カルビ…食った食った。焼肉の前には自分の生活もかみしめることができない。レア気味で食べすぎたせいだろう翌日くだした。助言役に立たず…。いろいろ報いがあたった。

 

父方の祖父母は早くに亡くなってしまい、今は母方の祖母だけが健在だ。認知症だけど。去年会ったときには元気に施設で暮らしていた。あの様子じゃきっと100までいくんじゃないかってみんなあきれ顔で笑う。自分がじいちゃんの葬式に出なかったことも覚えてないようで、最後の最後、ばあちゃんの記憶力に救われる。

ばあちゃんの名前は「節子」という。3月3日の節分に生まれたのが由来だそうだ。今日が誕生日。去年、高畑勲展に行ったときに見つけた火垂るの墓の節子プロマイドと一緒にひな祭りモビールを送った。じいちゃんにちゃんとさよならを言えなかった償いをばあちゃへの孝行で(この程度で孝行とはいわないのだろうが)、昇華させようするのはばあちゃんに失礼だ。じいちゃんへのごめんねは、じいちゃんの誕生日と命日に果たしたい。ばあちゃん今日は誕生日おめでとう。長生きしてくださいね。

 

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