ある依存症者の終わらせたい日記

人生の大事なことは覚せい剤が全部教えてくれた。HIV×ゲイ×依存症×前科⇒精神保健福祉士のライセンス失効⇒最近復権。君子豹変して絶対に幸せになる。

薬物依存離脱指導実施プログラム 最終回

府中刑務所
薬物依存離脱指導実施プログラム 全5回 最終回
教育部の男性 2名  女性心理士1名
9:30~11:00 病舎二階5名(HIV、ゲイクローズド)

ダルク、NAミーティングの感想
・いいっぱなし、ききっぱなしのミーティング形式には懐疑的だった。生ぬるい。これじゃ部屋での独り言と違わないんじゃないかと。人は対話にてこそ変わるものだと思っていたから。
・実際に三度のミーティングを体験してみて、自分のことなのに上手く話せなかった。ダルクの人もNAの人も自分の物語にぴったりの言葉を見つけていて、自分自身が納得できる話しぶりだった。それに比べ、自分といえば、目はこっちだけど、鼻はあっちむいてって感じのピカソの絵みたいな、実にちぐはぐな語りだった。自分ひとりで思っているのと第三者に伝えるのとでは大違いだった。過去を過去として仕上げることができていないんだと思う。
・同じ過去でも繰り返し話すことで変わっていく。自分の解釈、事実への光の当て方、気持ちのありかた…。自虐だけの話が教訓や救いになる。そんな感じなのかなあと思えた。
・未来はわからない。過去はかわらない。そうでなはい。こんななずじゃない絶望の今も時間がたって過去になったときにどんな姿を見せるかは自分次第。自分の整理の仕方でいい風に変えていけるはず。
・自分自身との対話を第三者を使ってやっている感じ。

(出所後の生活について)
住まい職場は決まっている。病気についてはすべてオープンでいくつもり。オープンで生きるってことは、配慮される反面、心配も与えることになる。その心配を少なくしてもらうために使えうる社会資源はすべて使おうと思っている。

(プログラム全体を振り返って)
どんなに前向きで教訓となりえる過去が出来上がったとしてもボクはゆがむ。助けてくれた人、信じようとしてくれている仲間に毎日手をあわせるように生きていきたいのに救いを無視してしまう思い(クスリへの渇望)は消えない。出所したら打ちあげ花火みたいにもう一回キメたいという気持ちはどうしてもなくならない。
やめたいといういう思いが大きく強くなればなるほど、使いたいという渇望もぐんぐんどんどん膨らんでいく。免疫が回復していくほど、ウイルスも活性化していくHIVとよく似ている。
もっと正直に言うならばもうやめたいという気持ちごと捨ててしまいたい。やめるなんて身の程知らずな所業に手を出すなんてことはせず、覚せい剤をうまくつかいこなすことに心血を注ぐ方が身の丈に合っているんじゃないかと思ってしまう。愚かだけど事実だ。
きっといつかスリップするだろう。だけど次にスリップするときには助けてといいながらスリップしてみたい。だまったまま一人きりで落ちていくのはとても怖いことだから。だからためらわずSOSをだせる場所とつながっておきたい。この決意がプログラムに参加して得た一番の収穫だっと思う。
・結局プログラムをやった今も「やめたい」「やめたくない」のシーソーゲームに決着はつかないままだけどバランスに身をすり減らしながらも怖らない胆力を身に着けたい。がんばんないけど、逃げない。今はそれだけだ。

 

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