ある依存症者の終わらせたい日記

人生の大事なことは覚せい剤が全部教えてくれた。HIV×ゲイ×依存症×前科⇒精神保健福祉士のライセンス失効⇒最近復権。君子豹変して絶対に幸せになる。

ITさんへの手紙 その1

お手紙ありがとうございます。
福島は地震、大雪とおだやかでなさそうですね。ITさんは大丈夫ですか。
いただいた手紙は地震前に書かれたもののようで少し心配です。

ITさんからの手紙が届き、うれしいと思いつつ正直何が入っているのか(書かれてるのか)予想がつかずなんだか怖くてしばらく手を出せませんでした。勇気をもって開封しました。

ITさんの相変わらずな様子(この表現が褒めになっているかは微妙です)が伝わってきて安心しました。幸せになるための努力をしている姿(少しふかしぎみなとこも含めて)らしさ全開ですね。あと優先順位それでいいのかなあと思わせるところとかも、面白くて好きです。
また僕の状況についてもあれこれ詮索せず、気をつかっていただいて恐縮でした。
ITさんはここのところ身体的にも精神的にも環境的にも随分大変だったようですね。
全く想像できないんですが、大変だったんですよね?
なんにせよ元気になってよかったです。
百まで生きるとしてもう折り返しあたりまで来ています。後半はゆったりでもいいのではないでしょうか。ご自愛ください。

実はここに来る前、ITさん宛にメールを書いていたんですが、どうしても最後の送信のクリックをおせず…。そのデータはicloudの雲路の果てに消えてしまいました。時間も経過して状況も変わったので改めて。
色々あって複雑なんですが、簡単にまとめてしまうと、「ゲイの友達と覚せい剤にはまってしまいHIVに感染。三回逮捕されて、ただいま医療刑務所に収監中」。こんな感じです。

今回の事のてん末については元職場の職員以外はITさんを除いてIW先生にしか伝えていません。まあこういった話は隠してもどこからかバレて知れ渡るのが世の常ですが、判決も出ていない立場ではさすがに誰にも打ち明ける気にはなれませんでした。周りにはこれ以上ない位の迷惑をかけていたのは分かっていましたし…。
ITさんにもMTさんのスーパービジョンを依頼しておきながら中途半端に放り出したままにしてしまって申し訳ありませんでした。今思えばあのころには自分が遠くない将来、職場の職員を指導することができなくなってしまうことをどこかわかっていたのかもしれません。
ITさんとは委員会で一緒になったのがきっかけでいろいろな研修会でご一緒したり、岩手への視察のときにもお世話になりました。あの時のことはすごく印象に残っています。また専門学校では一応同僚になるんですかね。ただ具体的には仕事を一緒にしたわけでもありませんし、年に何度か顔を合わせる程度だったのにもかかわらず、今回の件についてはなぜだか「知られてもかまわない」、それも限りなく「知ってもらいたい」に近い感じだったので、IW先生から伝えてもらうことにしました。
特にこんな反応をと期待していたわけではありませんでしたが、とはいってもどんな反応が来るのか予想がつかなかったので手紙の初めのような心境だったんです。

ここがどんな感じなのかイメージしにくいと思うので簡単に説明します。
この医療刑務所はなんだかサナトリウムを思わせる雰囲気に包まれています。今にも空襲警報が聞こえてきそうです。部屋には防空頭巾もありますし。建物の古さだけが問題ではないような気がします。正月の街の独特の静寂にまぎれたようなここら一帯時空がゆがんだ感じです。
基本的に療養受刑者の生活を中心に刑務官も医療スタッフも一般受刑者(療養受刑者の世話をしてくれます)も忙しそうに働いています。中心にいる療養者に動きはありません。スケジュールが幾重にも絡まってという風ではないのでワサワサした様子はありません。
慣れるまで細かいルールなどを理解できずに手こずりましたが、少しずつ適応中です。
僕の部屋は八畳程度の個室です。白い壁、高い天井、鉄格子付きの窓、そのそばにスチーム、様式トイレに、小さなシンク、小棚。パイプベッドに机に椅子。後は100円ショップでそろいそうなアメニティ。ミニマムですがここが僕の城。とても咳が似合う部屋です。

病人なんで病人らしく病気の話をします。
今週から居室外でマスクの着用の指示がでました。白血球がなんだかよくないらしいです。部屋を出る機会はほとんどないんですが、「まだまだ終わってくれないのか」って気分です。ネバーエンディングファイティングストーリー。「マスク一枚でどうにかなる程度のものである」と気持ちをリフレーミング
生まれてこのかた大きな病気もケガもせず、健康と自分の人生がセットになって生きてきました。その自分の体と心がどんどん傷んでいきます。自分の体を乱暴に扱ってきて申し訳ない気持ちになります。

薬を受け入れる体のコンディションをベストな状態に持っていくことが今やるべきことです。そのためには睡眠覚醒リズムを安定させて、サーカディアンリズムを整えて、二四時間周期で動く自律神経系をして最高の機能を発揮させなくてはと理解していても、正直それを退屈と思ってしまうこともあります。退屈は焦りをうみます。ダラダラ生活せいていたら、CD4もダラダラと推移していくのではないかと先走ってしまい、部屋でストレッチ、腕立てをしていたら不正運動とみなされ懲罰を受けてしましました。自由に行き過ぎたツケがこういう形で露呈してしまいます。
ここでの生活はこんな感じです。
ITさんは今どんな仕事をしていますか。どんな人と何に笑って、どんな風に生きていますが。知りたいです。

ITさんの手紙に「新しい経験をして、これまで会ったことのない自分にはじめて出会えた」と書いてありましたが、僕もここにきて気づけたことがあります。
平日の午前中、三十分の戸外運動、これには同じ病棟の十人程度の受刑者が参加します。唯一他者と会話できる時間になります。一番の楽しみです。特に大した話をしているわけでも心を通わせているわけでもありませんが、ただ運動場をぺちゃくちゃ話しながら歩いているこの時間は奇をてらわずに自由でいられます。雨だと中止なので、新聞は天気予報をまずチェック。
独りで生きてきたつもりはないんですが、こんな風に人との関りをこころまちにする体験は生まれて初めてです。人間日々成長ですね。

さてそろそろお別れです。制限があって一回の手紙は七枚までなんです。ひと月に出せる手紙も四通までで、この手紙が今月のラストアクションです。
今年はいろいろありました。いろいろありすぎて、そのいろいろが大きすぎて全く追いつけません。二年半かけて自分のものにしろということなのかもしれません。
猿年よろしく本能のままに生きてしまった2016年。2017年は飛び立つことのできない籠の鳥。まずは地に足を付けた人間になりたいです。なれるかなあ。なりたいです。
お手紙ありがどうございました。うれしかったです。
それではよいクリスマスを。よい年の瀬を。

追伸
同封していただいた、いちょうの葉は差し入れられないらしく一回触れせてもらうだけでした。

 

f:id:ultrakidz:20200423071514j:image