ＯＫさんへの手紙 その２

啓蟄の候。こんな日本語ないと思いますが、とにかくパキパキに凍り付いていた冬もだいぶ溶け出し、いろいろなものが蠢きはじめそうな気配がしています。草木の芽吹き時、そろそろ施設の利用者さんも調子を崩し始めているんではないでしょうか。去年の今頃は僕も坂道を猛ダッシュでかけあがるように、転げ落ちる毎日でした。もう一年がたったんだなあと懐かしい感慨に浸っています。ＯＫさんはいかがお過ごしですが。
接見、接近、接触禁止という法人命令にあらがってまで手紙をおくってくださり…物好きですね（笑）。とても感謝しています。

そうそう、事件がありました。移送になったんです。前回いただいたお手紙から、八王子医療の所内生活について知りたそうだったので、いろいろと書き連ねていたんですが、その前に身柄が…。今は府中刑務所の病舎です。こちらに移ってまだ一週間。ここの暮らしぶりについてはあと二年ほどありますのでおいおいと。
こちらでもまた単独室、つまり独房です。ゲイでＨＩＶだと雑居にならない宿命です。拘置所、八王子とも同じ仕様ですが、ここは八王子の時のように凍えなくて安心です。（八王子はすきま風でタオルが落ちるほどのツンドラでした）。もう一ついいのは、ここは二階で窓から外の景色が見えることです。東拘も八王子も目隠しがあったんで見えるのは、切り取られたわずかな空くらいだったんですが、今は塀の向こうのビル、信号機、動いている車、そして大きな空も丸見えです。学校のチャイムや電車の踏切音、草野球のジャストミートの快音、シャバの音たちも飛び込んできます。そんな新しい刺激はやる気をむくむとわき起こす場合もあれば、ぺしゃんこにする場合もあります。ただどちらにせよ八王子の漂白されたような真空の生活よりはましです。
ＯＫさんの手紙を読みながら留置所に面会に来てくれた職員のことを思い出しています。…改めて自分って男に求心力ないなあって（笑）。面会に来てくれたのは全員女性職員でした。まあそれはよしとして、ＯＫさんの獄中婚のくだり笑ってしまいました。確かにここでは飼い主の帰宅にうれしょんしてしまう犬くらいに誰もが人とのふれあいに飢えています。我を忘れて獄中婚って気持ちはわからなくもありません。
八王子もそうでしたが、この病舎二階の単独室に収容されている受刑者の八割がゲイです。ひらひらだったり、るんるんだったりな感じで歩いている方が多いです。ただ八王子の人よりこっちのほうが病状が軽いから生きやすいってわけではありません。病気のこじらせ方や身の持ち崩し方はそれぞれで、皆がみな、闇であったり地獄を抱えています。
今、ＨＩＶの方はＣＤ４値が約２００あたりをうろうろしていて...まあこんなもんでしょう。
薬物問題については、ここの中では手の施しようがないっていうのが現実です。僕にとって覚せい剤はマッチ売りの少女のマッチの炎であり、浦島太郎の玉手箱であり、パンドラの匣であります。かりそめに繰り返す幻覚の果てに野垂れ死ぬのか、白い煙にまみれて年老いてしまうのか、それでもやっぱり最後は箱の底にある希望をつかみたいですね。僕にとって覚せい剤は問題の一部であり、解決の一部でもありそうです。

ＡＭ君はもう高校三年生なんですね。ＡＭ君の十七歳の地図はどんな風になるんでしょう。楽しみですね。子育てにまつわる「アシ」「メシ」「カネ」の問題ですが、僕の場合は目下無収入なのでカネ問題が切実です。さいわいマンションの借り手が決まったので養育費は確保できたんですが、年金保険税金等でかつかつ。お金の大切さを改めてというか、初めて知りました。わかってたつもりで生きてきました。わかってなかったよりも、わかったつもりの方が罪深い。あーいつか次につながる体験に変えたい。
僕の元妻はもう再婚しているんですが、今後の子供の面会もどうしようかと。会いたい、会ったほうがいい、会わないほうがいい、会いに来るのを待ったほうがいい…。いろいろとアンビバレントです。

遠くの雑居房で言い争いの模様。制止する刑務官の怒号がかぶさって騒がしい。まさに刑務所っぽい雰囲気です。八王子ではこういうのなかったなあ。雑居の人たちも結局孤独なんです。

ここ十年仕事（かクスリ）つけの毎日だったので、思い出したり考えたりすることもそれにまつわるエトセトラばかり。もっとカラフルな思い出を作っておきたかったなあ。
今日は日曜なので部屋の掃除をしました。掃除をしたらとたんに部屋が自分のものになった気分です。色々と馴染んでしまったほうが気持ちが楽になるんですが、ここに馴染むことをよしとしない偏屈な自分もいて、こんな風にややこしく生きていくんだろうなあって思っています。
今日のところはこのあたりで。みんなによろしくって言えないところがつらいですが、いつもみんなの幸福と幸運を祈っています。ＯＫさんもお元気で。僕は元気です。

これはきちょ八王子。